2012年3月4日日曜日

回復の道

あれから丸2か月、漸く回復してきた。長いと言えば長くかかったが、まだ90%ぐらいかな?
今思えば、術後2週間で日本に出張したり、無理がたったたといえばそれまでだ。でも、あの時もし日本に帰っていなかったら、土屋君にも、諏訪部君にも会えなかった。無理は承知であったが、お金では買えない友情があった。

ところで、小生の秘書が辞めた。彼女は200キロに見わわず、感情は繊細で強情な人であった。昨年6月から働いて、一度も、自分の犯したミスに対して”Sorry”を言わなかった人である。これも大したものである。自分の犯したミスは小生の指導が悪いと言ってのける。ボスをボスとは思わないで、僕がミスを正すと、自分に対して尊敬が無いと言う。人間これでは、延びない。小生から辞めてもらいたかったのは正直であるが、彼女のこれからの幸運を祈る。彼女は婚約者がやっと就職出来た事、今年9月の結婚式で出費が重なるから僕の処を辞めたく無いと言っていたが、毎日仕事をするのみ、やはりストレスと嫌なボスの下で働くことは矢張り無駄と思ったのだろう。僕もそれはに賛成である。米国の教育は”ごめんなさい”と言うと、負けとの教育をしている。弁論の達者な人が成功する社会である。しかし、上に上がれば上がると、自分に力に対し、謙虚な人が多い。やはり、間違いを正しいと捻じ曲げてまでのし上がってもその限度がある。その力を知った上で謙虚になれる人は、強い。逆に自分の現度と弱点が判るので、自分には無いものを有能な人から得ようとする。成功した指導者には、それを支えた影の人々が必ず居る。 僕もそのような僕を支えてくれる支援者がもう少し必要と、最近思っている。 所詮サラリーマン、何時誰が僕の上に来て剛腕や、鉈を振り回すとも限らない。
そんな時、地獄で助けてくれるのは、閻魔様ではなく、支援者と理解する。